ネイルサロン 銀座のメーカー
何百万個もの大量生産が可能になるのは、九四から九五年です」。
そのタイミングこそがまさに狙う時なのだ。
Kは、システムGの実現の可能性を半導体の進歩の予測で測り、その恨拠をもとに、グランドデザインを立てた。
それが八五年、システムGとの避遁から、それほど時が経っていない頃のことだった。
これがKの技術のトレンドを読む自信のよってきた所以であった。
九二年に任天堂と扶を分かっても、動揺しなかったのは、こうした使える技術についてのシミュレーションが確実だったからである。
破談になっても、出るべきタイミングがあらかじめ分かっているから、慌てることはないのだ。
「任天堂との共同開発でも、もし破談がなかったら、次の技術革新は九四年あたりだと見ていました。
やはりフォーマットの変わり目を狙って、出したと思います」。
Kが過剰なまでの自信を持って、ソニー社内でゲ−ム進出を説いた背景には、こんな確かな読みがあったのである。
しかし、Kのこうした発想は、あまりに飛び抜けていたので、ソニー社内ではあまり理解されなかった。
しかも、これを基にして、Kがいろいろな夢を語るものだ。
では、実際にどうプレイステーションを設計したのか。
プレイステーションに要求される演算規模は、八〇〇MIPSであり、これを実現するにはゲートアレイ換算のゲ−ト数でいうと、一〇〇万ゲートが必要である。
しかし、当時のソニーの半導体部隊の設計能力は、せいぜい一〇万ゲ−トが最大であった。
プレイステーションへの進出を決める会議で、Kが一〇〇万ゲ−トが必要と言ったら、Oが「ウソをつくな」と反論した話は前に書いた。
Oは当時の自社の半導体の技術レベルから、そう理解していたからである。
しかし、Kの半導体に関する洞察は、はるかに深かった。
0・五ミクロン・プロセスの一〇〇万ゲ−トLsーが設計可能で、かつ量産立ち上げが近々可能になる半導体メーカーはどこだーーと広く世界から情報を集めていたKには、心当たりがあった。
こんな凄いICを作れそうなメーカーは、当時全世界で二、三社だけだった。
その中でLSIロジック(アメリカ)に白羽の矢を立てたのである。
LSIロジックは、今でこそ知られた存在だが、当時はまだ小さい会社で、経営も安定しているとは言えなかった。
しかしKは「この会社だったら、できるはず」と思った。
これほどの微細加工技術、高速処理技術、CADによる設計技術を持つ半導体メーカーは、日本には当時皆無であった。
しかし、LSIロジックとしても簡単には、首を縦に振ってくれない。
彼らの上得意先はシリコン、グラフィックス社等のワークステーションメーカーで、同社向けの一台一千万円以上もするワークステーション用のLsーを設計、製造していた。
したがって、LSI自体が高価で、モデルチェンジも頻繁であった。
ところがゲ−ム用のLsーはそれとはまったく違う。
から、たとえばモデルチェンジの考え方。
ワークステ−ション用のものは、三カ月に一回マイナーチェンジし、一年に一回はフルモデルチェンジをする。
一方、ゲーム用のものは何年も同じ物を、時には数年のレンジで使い続ける。
しかも、数量がべらぼうに多い。
「彼らの理解では一〇万個はものすごく多い数量であり、一〇〇万個に至つては、まったく理解できない数でした。
だから彼らもそれができるとは信じていませんでした」(K)。
しかし、システムをシリコンに置き換える能力は抜群に優れていたので、「是非に」とお願いしたら、「開発費をちゃんと払ってくれるのならお引き受けしましょう」ということになった。
これが実はLSIロジックにとってのサクセス・ストーリーの始まりであり、今やプレイステーションのLsーがLSIロジックを支えているのである。
もう一つ、メモリの観点も見逃せない。
Kは、「ゲ−ム機のスペックを決めるもう一つの大きな要素は、搭載するメモリの性能と容量です。
もちろんこれを支えるのは半導体メモリの生産能力なんですよ」と一言う。
「つまりこのビジネスを真面目にやろうとすると、メモリの生産力と調達力が決め手になります。
一挙に需要が立ち上がった時には、全世界の半導体メモリの何割を、このゲ−ム機にさけるかが大きな問題となります。
そこまで考えないとゲ−ムbijinesuはゃれないんですよ。
それを考慮せずに、ゲーム機のハ−ドを手がけようとすると、すぐに立ち行かなくなってしまいます」。
ゲーム機がどれほど売れるかは、全世界の半導体メモリの生産量で決まってしまうといっても過言ではない。
なにしろ、Kが目指すヒットの目論見は数千万台のオーダーであり、ソニーの歴史、始まって以来の最大の台数を狙うのだから、きちんとした生産能力の裏付けが絶対になければならない。
だから、ゲーム機の設計に当たっては、量産可能なメモリ方式の特定が、ゲーム機のスペックを実質的に決めてしまう。
こうした考えは、まったくKの独自なもので、これまでのゲ−ム機の設計では、考えも付かなかった発想であった。
そのためにはここでも、どのメーカーに半導体メモリを発注するかが、戦略的に極めて重要な事項になった。
そのメモリはどこまで価格低下の可能性が見込めるのか、その会社の生産能力の見通し、投資状況、技術力などを詳細に分析する。
「大切なのは変なメモリを使わないことです。
たとえば、いくら性能が高くても、一メガバイトの次の世代が二メガバイトになってしまうような種類のメモリでは、使う方としては大変困ってしまいます。
これでは四メガバイトを構成するために、それまでの一メガバイト四個から四メガバイト一個になるべきところが、二メガバイトのメモリを二個使わなければならなくなり、デ−タの転送スピードが遅く、思った性能が出なくなってしまいます」ゲーム機は大量に出るものだから、メモリ・ショートから供給問題が起こりゃすい。
順調に売れていれば、ある時点で、その会社のメモリが不足するという事態になるかもしれない。
そんな時に、特殊なメモリを使っていると、他社から購入するなどの対策も取れない。
それに汎用品ではないから、結局、高くついてしまう。
だから今後、どんな種類のメモリが主流になるかを見極める必要がある。
つまりメモリの選び方がプレイステーションの立ち上がりを左右する極めて重要な要件となるのだ。
どの種類のメモリがこれからのスタンダードになるか。
その予測を誤ると、大変不利なことになってしまう。
Kの卓抜さは、メモリのトレンドを作るソ−スに直接、聞くという行動を取ったことだ「技術力、投資力、アグレツシブさでほどなく、韓国の三星電子が世界でナンバー1になるだろうと見ました。
今後、三星の天下になるに違いない。
そこで三星の半導体メモリの技術トップのドクター陳大済(ディ−・ジェイ・テン、当時サムソンエレクトロニクス副社長)に会って、詳しく技術の方向や世界の動向を聞きました。
その感触から (ハイパーページ・モ−ド)DRAMが今後のパソコン用メモリのスタンダードになるに違いないと確信しました」。
それは性能向上が実現しやすく、製造もしやすい、しかもコスト、ダウンの要素も多いl!と三拍子揃ったものだった。
現実に、それからのメモリの主流はEDOになった。
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